ガルダ湖畔の戦い 17:ヴァレッテ旅団の後退とオージュローの決意 
Battle on the shores of Lake Garda 17

ロナートの戦い、カスティリオーネの戦い

勢力 戦力 損害
フランス共和国 ロナート:約20,000人
カスティリオーネ:約30,000人
ロナート:約2,000人
カスティリオーネ:約1,300人
オーストリア ロナート:約15,000人
カスティリオーネ:約25,000人
ロナート:約5,000人
カスティリオーネ:約3,000人

ヴァレッテ旅団の後退(ランドリューの手書きの回想録より)

 ランドリューがカスティリオーネに到着すると、フランス軍ヴァレッテ旅団の軽騎兵隊がカスティリオーネの周囲を警戒していた。

 ランドリューは外に出て、以前城砦があった建物に登ろうとしていた時、ヴァレッテ准将がランドリューのところにやってきた。

 そしてヴァレッテは、真夜中にロナートのボナパルトから命令が送られて来て、自分の旅団とともにこのカスティリオーネを保持することが任務であると言った。

 「私に与えられた命令は、四方に開いている大きな村を守ることです。その村は北の高地から大砲の射程内にあり、50人の兵士がいれば私と私の旅団はすべて殺されてしまう場所にあります。」

 「私はその命令に従います。ですが、私は敵を1分間すら止めることができずに打ち倒されるでしょう。オーストリア軍がフランス軍の本体の元に行くにはカスティリオーネの南を通過する必要がありますが、我々は平野の端にあり、我々は障害にもならないでしょう。」とヴァレッテは言った。

 ランドリューはヴァレッテが正しいと言った。

 ヴァレッテに与えられた命令にはいくつかの問題点があった。

 ランドリューはヴァレッテにボナパルトからの命令とは完全に反対の命令を示した。

 なぜならランドリューへの命令は、モンテキアーリへの退却を続け、そしてランドリューの後にフランスの部隊を残さないようにすることだったからである。

 その命令書には、オージュローの副官であるヴェルディエの署名があった。

 ランドリューはヴァレッテにランドリューに与えられた命令の写しを渡し、オーストリア軍と交戦後、ヴァレッテが退却を続ける余力があり、退却が必要である場合、ヴァレッテがカスティリオーネを放棄することに同意した。

 そこにランドリューの部下であるボレ(Bore)がランドリューとヴァレッテの話に加わり、フランス軍を嫌っている住民が前日の晩に士官に食事を提供することを拒み、フランスが負けてオーストリアが勝つことを期待してオーストリアの将校のために豪勢な夕食を用意していることを伝えた。

 「よし、そのキッチンで昼食を取ろう。それはオーストリア帝国にそれほど害を及ぼさないだろうが」ランドリューはヴァレッテに言った。

 そこに20人の士官が加わり、オーストリア軍の将校に振る舞うための夕食全体の半分が準備されており、それを食べることができた。

 カスティリオーネ村の市民の代表者が怯えた空気でランドリューたちの元に来て、手を合わせて、できるだけ早く撤退するように頼んだ。

 その時ランドリューたちは腹も膨れ、意気揚々とキッチンから出ようとしていたところだった。

 しばらくしてカスティリオーネ村のあちこちから警鐘が鳴り響いた。

 オーストリア軍が攻めてきたのである。

 オーストリア軍の攻撃は東と南のランドリューとボレが警戒している位置から始まった。

 ランドリューとボレは東に行き指揮を執った。

 しかし村の北にある山がオーストリア軍によって占領され、村の近くの要所の防衛を諦めて戻った。

 ランドリューはヴァレッテ将軍に「出発する時が来た」と言い8門の大砲を渡した。そしてヴァレッテに先にブレシアへ後退させた。

 東側の指揮官であるボレはヴァレッテとともに後退し、ランドリューは最後衛を務め、午前中、軽歩兵でオーストリア軍の進軍を遅らせ、ヴァレッテ旅団が安全に後退できると判断したとき、ランドリューは発砲して撤退した。

 しかしオーストリア軍の前衛騎兵はヴァレッテ旅団に追いつくために左に大きく伸びてランドリューを追い越そうとした。

 そのためランドリューはオーストリア軍の侵攻を抑えるために、オーストリア軍の前衛騎兵を1マイル以上追い返し、フォッサ・セリオラを通過したところにあるカデ(Cade)という集落まで押し込む必要があった。

 ランドリューたちがフォッサ・キオーラもしくはフォッサ・マルキオーラと呼ばれる灌漑用水路を通過したとき、オーストリア軍はもう見当たらなかった。

 ランドリューはフォッサ・キオーラに必要な部隊を配置し、何かあったときはモンテキアーリにいるランドリューを呼び、ランドリューが到着するまでの間、フォッサの通路を守るよう命じた。





オージュローとヴァレッテ(オージュロー将軍に帰属する報告書より)

 1796年8月2日午前、オージュローはブレシアから4.5㎞ほどのところで、モンテキアーリに砲兵と食糧を送るために担当者に指示を出し、その後師団に戻った。そしてモンテキアーリまで1㎞ほどのところまで来たとき、後退する自分の師団の部隊と出くわした。

 話を聞くと、第18半旅団の軽歩兵1,800人を率いて重要地点であるカスティリオーネで防衛していたヴァレッテ将軍が撤退を命じたとのことだった。そして後退する部隊の指揮官は、同時にオージュローにも撤退するように勧めた。

 ヴァレッテはボナパルトからヴルムサーの進軍を可能な限り遅らせるためにカスティリオーネを限界まで防衛するように厳命を受けていたはずだった。

 オージュローは危険を感じ、部下たちとともに疾走し、後退が起こらないように取り計らった。

 モンテキアーリに到着したオージュローは、部隊が武器を手にして後退しようとしているのを見て、彼らの上官である准将を探して原因を尋ねた。

 オーストリア軍が町へ迫ってきているようだったため、カスティリオーネで指揮を執っていたヴァレッテ将軍からカスティリオーネから撤退する義務があることが書かれた命令書を受け取ったところだと答えた。

 そして先ほどの指揮官と同じくオージュローたちに後退するように勧めた。

 オージュローは「命令は総司令官と私にしかできない」と言い、彼らの行動に驚きを見せた。

 オージュローはすぐに彼らの持ち場で部隊を休めるように命じ、新たな命令を出すまで敵を待ち防衛するよう命じた。

 ヴァレッテ将軍がモンテキアーリに到着し、すぐにオージュローはヴァレッテに旅団がどこにいるのかを尋ねた。

 ヴァレッテは「後ろから来ます」と答えた。

 「なぜ後ろから来る?君の旅団はどこにある?君は君の旅団を放棄したのか?」とオージュローはヴァレッテに言った。

 「私の旅団の後の部分がどこに行ったのか不明です」ヴァレッテはオージュローに答えた。

 「君はなぜ私の師団の将軍たちに退却を命じる書簡を送ったのか?」オージュローは怒っていた。

 「私は敵前に留まるよりも撤退する方が安全だったと信じています」ヴァレッテは答えた。

 「君は臆病者だ!君は戦うこと無くカスティリオーネの地点を諦めてはならなかった!君は敵に一撃も与えていない!!」

 「その上、将軍が撤退するときは将軍は部隊を自分で指揮し、部隊の後ろにいるはずであり、後ろにいる敵に攻撃を命じるためには君が先頭に立っている必要がある!繰り返すが、君は臆病者だ!そしてもし私が君の将軍だったら後退させなかっただろう」

 オージュローが痛烈に非難すると、ヴァレッテは背を向けて立ち去った。

 オージュローはロベルト将軍に騎兵隊を派遣するよう命じ、ヴァレッテ将軍の部隊がどうなったかを確認し、必要に応じて彼らの後退を保護した。

 ロベルト将軍は道のあらゆるところでヴァレッテ旅団所属の兵士と出くわした。ヴァレッテ旅団はもう軍隊とは呼べず、無秩序に歩いていた。

 ロベルトはヴァレッテ旅団の行進をモンテキアーリに向けさせた。

 その後、カスティリオーネを占領しているオーストリア軍の偵察を行い、それをオージュローに報告した。

 ロベルト将軍の報告によると、午前、カスティリオーネから30分ほどの距離にオーストリア軍が迫ったとき、ヴァレッテは1800人の兵士を後退させ、城と村の防衛と4門の大砲を放棄した。それに加えて様々な倉庫を放棄していたとのことだった。

 オージュローは偵察を行い、自軍を配置し、奇襲を受けないように手配した。

 日中、オーストリア軍はカスティリオーネと左右の位置を強化し、夜、高所で防衛体制を整えた。




※「ランドリューの回想録」では昼食を取った後にオーストリア軍がカスティリオーネに攻撃してきており、「オージュローに帰属する報告書」では8月2日午前にヴァレッテをモンテキアーリで非難している。そのため、8月2日にヴァレッテがカスティリオーネを放棄したと仮定した場合、時系列に食い違いが生じることになる。

そして、キルメインが8月2日にランドリューの前日の報告書を読んでいる記述があることから、ヴァレッテがカスティリオーネを放棄したのは8月1日の昼食後から深夜の間であると考えられる。

次に「ランドリューの回想録」には真夜中ナポレオンからカスティリオーネを死守するようロナートから命令書が届いた。という内容の記述があるが、8月1日、ナポレオンはオージュローやデスピノイ等とともにブレシアにおり、ロナートにはいなかった。

恐らく、ブレシアにいるナポレオンからロナートにいるマッセナ経由でヴァレッテの元に命令書が届いたのだろうと考えれる。

「ランドリューの回想録」でランドリューはオージュローの副官であるヴェルディエの署名のある命令書を持っているが、それは恐らく、オージュロー師団が8月31日夜にロヴェルベッラから出発しゴーイトでミンチョ川を渡りブレシアへ向かった時、モンテキアーリより東側に部隊が残らないようにするためにオージュローが出した命令だろう。

つまり命令の重複が起こったのである。

「ランドリューの回想録」ではランドリューの都合のいいように、「オージュローに帰属する報告書」ではオージュローに都合のいいように記述されているため、「戦った」のか「戦っていない」のかなどの細かい部分の真相は定かではない。

しかし、ヴァレッテが後にナポレオンの元に戻っていること、マッセナの回想録でマッセナが語っている内容もランドリューの主張する流れに沿っていることを考えると、ランドリューの主張する流れが真実に近いのではないかと推察できる。



オージュローの決意

 1796年8月2日夕方4時頃、ボナパルトがモンテキアーリに到着し、そこにいるすべての将軍たちが本部に集まった。

 そこへランドリューが報告に来てオーストリア軍がミンチョ川を通過し、ヴァレッテがカスティリオーネを放棄したことを伝えた。(ランドリューの回想録では、ランドリューとヴァレッテはボナパルトに足を叩かれ寝ているところを起こされたことになっている)

 ランドリューがキルメインに提出した報告書を読んでいたキルメインは立ち上がってボナパルトに手渡した。

 それを読んだボナパルトは最大限の怒りをもって「敵がゴーイトに現れミンチョ川を渡ったと我々に信じてもらいたいのか?これは真実ではない。これはどういうことか?」と言った。

 「私は限界まで道を守るよう命じ、君はそこで滅びるはずだった!」ボナパルトはランドリューに向かって言った。

 ランドリューはすぐに保持している命令書の束からオージュローの副官であるヴェルディエの署名のある命令書を取り出し、それをキルメインに渡した。

 キルメインは冷たくオージュローに「君はこれを知っているか?」と質問し、それに対してオージュローは「間違いなく」と答えた。

 その返答を聞いたボナパルトとオージュローの間で口論が繰り広げられた。

 ランドリューは、キルメインに提出した報告は真実であること、ペルティエ旅団は橋まで追撃を受けたこと、ランドリューは命令通りに行動し、部下の危険を顧みずに多くのオーストリア兵を殺害したことを伝えた。

 しかしその時ボナパルトとオージュローの口論はまだ終わっていなかった。

 ボナパルトが報告書の2枚目を読み続けてヴァレッテ将軍のカスティリオーネからの後退のところに到達したとき、ボナパルトはランドリューに対して「撃つぞ!」と脅し、その場でヴァレッテ将軍の解任要求書を書き留めた。

 ボナパルトはこの時点でランドリューからの報告を見てもオーストリア軍がすでにカスティリオーネにいるという事実を信じていなかった。

 しかし、様々な事実からカスティリオーネにオーストリア軍がいることは確実な状況だった。

 フランス軍本体はモンテキアーリ周辺にあり、カスティリオーネはモンテキアーリから南東に約8㎞ほどである。ヴルムサー本体では無いとはいえその前衛が約8㎞の距離に到達しているにもかかわらず、先に打ち砕くべきカスダノウィッチ師団はポンテ・サン・マルコから約12㎞北に位置するガヴァルドにいるのである。

 ボナパルトとしては、マントヴァに向かったヴルムサーの前衛がこんなに素早くカスティリオーネに現れる筈が無く、ランドリューの報告は嘘であって欲しかったのだろう。

 この時の状況としてボナパルトにとって救いだったのは、ヴルムサーがミンチョ川を渡河しておらずゴーイトにいるということだった。

 戦場となるであろうカスティリオーネからゴーイトまでは約20kmである。

◎フランス軍が置かれている状況





 「我々は何をすべきだと思うか?」ボナパルトは将軍たちに問いかけた。

 ボナパルトは続けて、「我々はここでマッセナ師団の新たな報告を待ち、軍の集結を完了すべきだと思う。オーストリア軍は敢えてミンチョ川を渡ろうとはせず、ブレシアのオーストリア軍に関しても何人かの捕虜を連れて撤退していった。サローに部隊を派遣しデスピノイ、ソーレ、ギウとともにカスダノウィッチ師団を食い止める。そして我々はここ(モンテキアーリ)に数日滞在が可能であり、セリュリエ師団は明日我々と合流する予定である。セリュリエ師団の合流後、アッダ川で防衛ラインを構築し攻撃を再開する。」と言った。

 しかしオージュローはボナパルトの主張を鋭く遮り、真っ向から対立した。

 そして「パンはどうですか?昨日と今日、兵士は農民から奪ったものだけしか食べておらず、明日の分は何もありません。」と食糧が足りないことを指摘し、決戦を促した。

 次にマッセナが「ここには7,000の兵力があります。あなたは浅瀬の多いアッダ川で何をするつもりですか?このままでは我々は明日(8月3日)攻撃されます。敵がミンチョ川を渡河しマッセナ師団を攻撃する前に、目の前のカスダノウィッチ師団を打ち負かす必要があります。我々の仕事ぶりがひどく、敵がカスティリオーネにいないと主張するのは勝手ですが、それは私の仕事の結果ではありません。オーストリア軍(ヴルムサー本体)はここからほど近い(ゴーイト)に20,000人がおりマントヴァの駐屯軍が加わればそれ以上になりますが、私はそれを心配していません。奇襲を仕掛けましょう。」と発言した。

 するとオージュローはマッセナに対して馴れ馴れしく「私は君の栄光の友だ。我々はここで勝利のために戦わなければならない。」と言った。

 オージュローはさらに「それでも敗北した場合のマイナス面のことを言うならば、それは私が死んでしまうことだけだ。」と続けた。

 このオージュローのちゃかしは将軍たちを活気づけた。

 ボナパルトに目を向けると、ボナパルトは明らかに静けさを保ち続けた。

 「私はそれに同意出来ない。食糧も不足しているので私はここを離れピッツィゲットーネとロディへ向かう。」

 しかし、すべての将軍がオージュローの方針を支持していた。

 そして「手を洗って帰る」とボナパルトは付け加えた。

 「あなたが去れば誰がこの事態に対処するのですか?」オージュローが訊ねると、「それは君になる」とボナパルトが答えた。

 カスティリオーネにまでオーストリア軍が迫っていることをボナパルトが信じた瞬間だった。

 そしてボナパルトはロナートへ去った。


※この時ボナパルトはピッツィゲットーネとロディに向かったのではなくロナートに向かっているため、ヴルムサー本体の対応を否応なくオージュローに押し付けるための方便としてピッツィゲットーネとロディに向かうと言ったと考えられる。


 ヴルムサー本体の前衛がカスティリオーネにまで進出し、ヴァレッテ旅団が後退したことにより当初の計画は崩れ始めていた。

 フランス軍の全軍をもってカスダノウィッチ師団を攻撃する計画が、ヴルムサー本体に対しても兵力を割かなければならなくなったのである。

 もしヴァレッテがカスティリオーネで限界まで防衛していたとしたら、数時間は時間を稼げただろうと考えられるが、それでもヴルムサー本体への対応は必要だっただろう。

 カスティリオーネにいるリプタイ旅団約4,000人を攻撃したとしてもヴルムサー本体約20,000人が急進してくるのは目に見えており、カスティリオーネ方面を担当する将軍は、ガヴァルド方面を担当する将軍が約12km先のカスダノウィッチ師団を打ち倒し、反転してガヴァルドから約22㎞のところにあるカスティリオーネに駆け付けるまでの間持ち堪えなければならない。

 過酷な任務になることは容易に予想された。

 「君が行ったらどうか?」オージュローがキルメインに言うと、「君が行くべきだ」とキルメインが返した。

 オージュローはユーモアを交えて話を続けた。

 「軍隊は年功序列であり利益も私には無い。年功序列なら私が担当すべきでは無いだろう?キルメイン?」

 確かにキルメインはオージュローの6歳年上であり、この中で最年長の師団長だった。

 キルメインはその冷徹な態度がオージュローとは対照的だった。

 「その上、私には総司令官のような権限は無い」

 「オージュロー、命令を」キルメインが言うと、他の将軍達もオージュローを見た。

 「それなら、私を助けてくれないか?」オージュローが尋ねると「もちろんだ」とキルメインは答え、他の将軍たちも頷いた。

 「君達全員がそれを望んでいるので、私が戦いを指揮しよう、我々は君達に勝利を約束する。」

 「そしてあらゆる支援の手配を約束して欲しい。」オージュローは付け加えた。

 キルメインはそれ以上尋ねることなく、オージュローはすべての責任を受け入れ8月2日の夜の残りの時間を自身の決心とカスティリオーネへの夜襲の準備に費やした。

 この後、ボナパルトはヴァレッテの将軍としての職務を停止させ軍の後方に配置した。

 翌月(フリュクティドール)、ヴァレッテの職務停止はフランス政府によって承認されることになる。